どのエポキシを使うか

エポキシ作業についてのまとめ

伝統的工法による木造艇ではエポキシ作業なんて無縁でしたが、軽さと強度そして技術習得の容易さを求めて考案されたS&G工法(Stitch and Glue、縫い合わせて接着)ではエポキシ作業が造船過程の多くを占めることになります。従ってエポキシについてある程度理解をしておくことが必要かと思われます。例えば、

  1. エポキシ・レジン(樹脂)と硬化剤についての基礎知識
  2. エポキシ作業の基礎(このページ)
  3. エポキシ作業の実際-1【安全性の確保】【道具】【研磨】
  4. エポキシ作業の実際-2【各種作業】

といったものですが、ここではどのエポキシをどこに使用するかと言う作業基礎に触れ、作業のTipsや工夫といった内容は別ページとします。


エポキシをどこに使うか

求められるエポキシ・テクニックには次のものがあります。

  • 接着(gluing):木部(木以外も)同士の接着
  • フィレッティング(filleting):低粘度エポキシに木粉やマイクロバルーンなどを混ぜて粘度が高く垂れないフィレット(fillet、フィレとは発音しないそうな)を作り、木の突合わせ部を滑らかなカーブにしたり、補強材、構造材の代替として使う。また隙間のあるところの接着に使ったり、凹凸を埋めたり、パテのように整形するのに使用することもある。
  • コーティング(coating):木部にエポキシをコートすることで木部を水から遮断する。また平滑な塗装下地をつくる。
  • ファイバーグラッシング(fiberglassing):ファイバーグラスなどの繊維素材を挟みこんでエポキシ層を厚くし補強する(カーボンファイバーを使えばもっと強度がでるでしょうが、高価だし黒くなっちゃいます)。

木造艇におけるエポキシ利用については池上ヨット工房この記事も参考になります。

エポキシについて

木造艇製作では木部接着、フィレッティング、コーティングそしてファイバーグラッシングとエポキシは多用途に使用されます。木造艇の耐水性と構造強度を保証するのがエポキシ接着剤とエポキシによるフィレッティング並びにファイバーグラッシングですから、その意味でS&G工法による木造艇は、正確には木/エポキシ複合材(Wood/Epoxy Composite)製と言うべきで、FRP(Fiber Reinforced Plastics)あるいはGRP(Glass fiber Reinforced Plastics、ガラス繊維強化プラスチック)にその特性の多くを依存していると言えるでしょう。

FRP製の多くのクルーザー、ディンギーそしてカヤックも、そこで使用されている樹脂は比較的安価なポリエステル樹脂でありエポキシ樹脂ではありません。エポキシ樹脂は、反応性に富むエポキシ基と用途に応じた硬化剤とを組み合わせることにより架橋構造(アミン類などの硬化剤とともに3次元橋かけ構造)を形成し硬化します(『プラスチック形成材料』 森北出版 2011)。ここがポリエステル樹脂-硬化剤は触媒として作用する-との大きな違いと言えます(この比較およびエポキシについての解説はここに詳しい)。

エポキシの発明者はPierre Castan(1938年)その用途は歯科材料用だったそうですが(友人の歯医者がしばしば「レジン」と言う単語を使いますがこれのことだったのですね)、その後1948年にCiba社が"Araldaite(アラルダイト)"の名称で接着剤として売り出したとのこと。日本でも「セメダイン」「ボンド」の名称でエポキシ接着剤はよく知られていますが、このエポキシ樹脂をもっぱらボート製作における耐水コートと補強に使用し、木/エポキシ複合材(Wood/Epoxy Composite)によるボート製作を始めたのがGougeon BrothersのWEST SYSTEMであると思われます。彼らの著書Gougeon Brothers on Boat Construction: Wood and West System Materialsは今でも第5版が出ています。
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以来、特にボート製作向けにマリン・エポキシ(船舶用エポキシ)を名乗るエポキシ樹脂製品が各社から販売されています(ただし、これらはエポキシ樹脂そのもののメーカーではなく、特定用途のフォームレイションを依頼して作ってもらっているフォームレイターだと思われます)。

 

プラスチックの環境負荷を懸念してeco-friendlly epoxyなEcoPoxyなるエポキシを製造販売している会社もある。この製品開発キャンペーンとしてEcoPoxy使って建造したヨットで航海するけどそのセイルとリグを調達する資金がないからと、Kickstarterで資金集めしてました。日本にはこういうチャレンジングは企業がないですねぇ。

日本には国内エポキシ樹脂メーカー8社からなるエポキシ樹脂工業会がありますが、さてマリン・エポキシを入手しようと思うとはたと困ってしまいます。木造艇製作に必要な高耐水性、低粘度、高透明度のエポキシを探してみるのですが、「木製ボート製作に打ってつけ」などと謳った製品は見つからず、せいぜい積層用エポキシというのが見つかるのみです。そこでどうしても実績のある海外メーカーのエポキシを使うことになりますが、それらメーカーからはボート製作におけるエポキシ使用についての詳しい情報が得られることも理由のひとつです(たとえばSystem ThreeのThe Epoxy Bookあるいはその物性と使用法についての資料。小分けして売られている日本製エポキシにはこうしたテクニカル・データが付随しないでしょうから、その点がちょっと不安です。

どのエポキシを使うか

エポキシ樹脂はポリエステル樹脂よりも高価です。System Threeの汎用エポキシはカタログ定価では、

  • エポキシ樹脂 1ガロン(約3.8リッター):84ドル
  • 硬化剤 0.5ガロン:68.5ドル

もします。これを国内代理店から購入すると23,400円です(これだけの量ではカヤック1ハイ分にギリギリです)。木造艇製作に不可欠な材料であるエポキシ樹脂、どの製品を使うのが適当なのか情報をまとめてみました。

エポキシが最も多量に使われるのは防錆などの樹脂ライニング領域かも知れません。樹脂に硬化剤を混ぜて塗る、そして樹脂をファイバーグラスにより強化するという工法は、対象がコンクリートであれ鉄であれ、そして木造艇製作における木材であれその目的は同じように思えます。

そう思って探してみると【誰でもできる重防錆】というサイトに行き当たりました。樹脂ライニング施工を専門にしている方のサイトで木造艇製作とは無関係なのですが、そのエポキシ樹脂の解説ページ(トップメニューに出てこないのでちょっと見つけにくい)の内容にはなるほどと思わされました。そこに

エポキシ樹脂硬化物の種類は・・・すべてこの何万、何十万という組合せの中から探してくるのです・・・独創的な配合品はフォーミュレーターの汗の結晶です

との記述があります。なるほど、上記船舶用エポキシの海外メーカーはおそらくこうした配合品のメーカーなのでしょう(The Gougeon Brothers on Boat Construction(2005)には「ダウ・ケミカルにいた友人の助けを借りて自分たちの用途に適うエポキシのフォーミュレーションを作った」とあります。

さて、木造艇製作にエポキシを使うという工法を最初に実用化し、そのために配合された低粘度、高耐水・耐久・耐候性エポキシを作り出したのがWEST SYSTEMであると言われています。以来、ボート製作に特化したマリン・エポキシというカテゴリーのエポキシが、いくつもの会社から販売されています。しかし、残念なことに多くのエポキシメーカーがありながら、日本ではマリン・エポキシと銘打った製品を見つけることは出来ません。木造艇自作人口を考えてみればそれも当たり前ですが・・・。そこで木造艇製作にエポキシを使おうとすると、現地価格の倍で販売されている海外製品を国内で購入するか、他用途のエポキシを流用するかになります。

エポキシを接着やフィレッティングに使うのならば、(気にしなければ)どんな色をしていようが不透明であろうがかまわないのですが、木造艇製作では木部コーティングとファイバー・グラッシングにもエポキシを使用しますからその粘度、色味、透明度には無頓着ではいられません。どのエポキシを選択しようかと悩んだとき考慮しておくべきことは以下の点であると思われます。

  1. 粘度:フィラーを混ぜて粘度を高めることは可能ですが、その逆は不可能ですから、浸潤(wet-out)が容易な低粘度のものが望ましい。System Threeの混合物粘度は950mPa・s(ミリパスカル秒、3種硬化剤の平均)ですのでこれと同等かこれ以下のもの
  2. :木の色を生かすためにも無色か木に合った色が望ましい(System Threeの主材はLight Amber 淡い琥珀色、硬化剤は濃い琥珀色です)
  3. 透明度:色合いと同様に透明度の高いものが望ましい
  4. 混合比:エポキシはレジン/硬化剤混合比に敏感ですので、計量・混合が容易な比率が望ましい
  5. ゲルタイム:作業時間を考えると長いものより短めの方が望ましいが、温度によりかなり変動がある
  6. 溶剤の有無:有機溶剤や可塑剤により希釈されていないピュアな樹脂である方が望ましい(ホルムアルデヒド等溶剤に起因するシックハウス症候群を配慮して塗料/接着剤等には溶剤含有を表す各種表記がありますが、これらはある溶剤に限った含有を表しているだけだと思われます。こうした表記のあるエポキシを使ったことがありますが、明瞭な芳香がありましたしローラーのスポンジが溶解しましたから、表記規定以外の有機溶剤/可塑剤が含有していると思われます)。
  7. 安全性:メーカーがはっきりしていて物性についてのデータシートや製品安全データシート(MSDS)が入手できるものが望ましい

エポキシの比較

入手した数種のエポキシあるいはカタログから物性として粘度、色、混合比、ゲルタイム、溶剤の有無を比較してみます。条件としては、System ThreeとAxsonは25℃、他は23℃での数値です。なお粘度をP(ポアズ)で表記しているものは1cP = 1mPa・sとして換算しました。

 

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比較のために:System Threeでは3種の硬化剤平均の粘度は950mPa・sちなみに25℃でのオリーブオイルの粘度は81mPa・sドロッとしたヒマシ油(caster oil)は985mPa・sだそうです。また20℃でのmotor oil SAE 40は319とのこと

System Threeのレジン粘度は低いのですが硬化剤粘度が高いため、混合物粘度は他と比べて特に低いわけではありません(System Threeでは汎用エポキシの他にコーティングやファイバー・グラッシングに特化したSilverTip Laminating Resinがあり、この混合物粘度は700mPa・sとなっています)。この特性とは逆にZ-1とRSF816はレジン粘度は高いものの、硬化剤粘度が低 く、混合物粘度もSystem Threeを下まわっています。E206については混合物粘度しか分かりませんが、System Threeのそれより低くなっています。マリン・エポキシの代表例System Three汎用エポキシは他の製品と比べて特に粘度が低いわけではないようですので、粘度だけを考慮するならば他のエポキシ製品も十分木造艇製作に使えるだろうと思われます。

System Threeの色は主に硬化剤の色で、Fast #1が一番色が濃くSlow #3が一番薄い色をしています。その色味は褐色系ですが、他の製品の多くは淡黄色、いわゆるエポキシ接着剤の色で、RSF816だけは硬化剤が無色透明で レジンが淡青色(transparent blue)となっています。

比較したエポキシ製品の写真を載せておきます。使用したのはつぎの3種類のエポキシです。

  • 日新レジンZ-1:ほとんど無色透明に見えます。昆虫や花を封入してレジンで固めるというような用途に使われるレジンでしょうか(東急ハンズでも売っているし)。作業中の臭いが他の物とはちょっと違いました。可塑剤が入っていると書かれているのでその臭いかも知れません。
  • コニシボンド E206(硬化剤 W 冬用):まさにエポキシ接着剤の色そのもので黄色味がかっていますが、透明感は高いのでファイバー・グラッシングに使えるでしょう。艇全体をファイバー・グラッシングした場合かなりこの黄色味が勝るかも知れません。
  • System Three(硬化剤:#3 slow):E206に比べると褐色に寄っています。マリン合板のファイバー・グラッシングにはちょうど良いのかも知れません。この硬化剤は#3 slowですが、#2、#1ほど色味は濃くなります(2017年に入手した#2硬化剤は以前のものと色味が多少異なりました)。

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ゲルタイムは温度でかなり変動しますが、いずれの製品も使用に問題ないと思われますし、E206には夏用/冬用製品があります。またSystem Threeの3種硬化剤は混合することにより、ゲルタイムを自由に操作することが可能です(コニシに問い合わせたところ、E206では夏用/冬用硬化剤の混合は出来ないとの回答でした)。

エポキシの値段

各種エポキシ製品が木造艇製作に使えるとして(強度については考慮していませんが)、さてそのお値段はということで概算を求めてみました。kg単価をおおざっぱに(製品が容量売りだったり重量売りだったりするため)見積もってみます。いずれも一般的なルートで調達する場合の売値をもとにしました。(重量か容量か等の他にも硬化剤混合比の違いもあるので、あくまでおおざっぱな目安に過ぎません。

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このようにSystem Three汎用エポキシは、国内調達値段は高いものの製品として特別高価なものではないようです。日新レジンZ-1は販売単位が小さく、かつ東急ハンズで購入したので高めな印象を与えますが、一斗缶もあるそうなので実際の単価はもう少し安くなると思われます。

1パイの船に使用するエポキシ量は、接着などグラッシング以外の用途を含めてもせいぜい2ガロンほど(6kg程度)ですから、マリン・エポキシを使っても1万円ほどの差額にしかなりません。この差額をどう捉えるかですが、上記比較には実用強度が入っていませんので製作してからの傷や岩にぶつけた時などのことを考えると、マリン・エポキシを使った方が安心感が得られるでしょう。なんといっても、「これ使えるんじゃないか」と思わせるコニシボンドE206は「土木建築用エポキシ樹脂」と謳っていますし(笑)、コニシボンドに問い合わせた方のブログ(URL見つからず)には『(積層は)出来ると思うがなにぶん不明なため、そのあたりはお客様の自己責任で』と言われたと書かれています。

まとめ

エポキシと銘打っていても各々の製品にはその物性、用途向け特徴等々個性があるものと思われます。「船作りにはマリン合板」と同じく「船作りには(海外製)マリン・エポキシ」と決めてしまうのが手っ取り早い気もします。ただ値段や入手容易さということも考えねばならないでしょうから、接着とフィレッティング、そしてコーティングとファイバー・グラッシングの二用途に分けて、二種類のエポキシを使い分けるのも良いかも知れません。パネルを仮接着するときにはマリン・エポキシの比較的長いオープンタイムは使いづらいですから安価なエポキシ接着剤を用い、コーティングとファイバー・グラッシングには専用の低粘度マリン・エポキシあるいはグラッシング専用エポキシ(SilverTip Epoxy等)を使うというのも手だと思われます。

ただしコニシボンドE206はその用途のためでしょうが、硬化までの時間が比較的長く次の作業までの待ち時間をもてあましてしまいます。

  海外製品例 国内製品例
接着・フ ィレッティング West System, MAS, System Threeなど(増粘材添加) コニシボンドE206(増粘材添加)/コニシボンドEセットL
ファイバーグラッシング West System, MAS, System Three/System ThreeのSilverTip Exoxyなど コニシボンドE206